シオヤキスト
鋭い針先で魚をかけている。それはイメージだ。
先ほど注いだウイスキーはグラスの半分からほんの少し下の位置で揺らいでいる。
卸したての釣り針は見事にオニヒラアジの口元を貫通していた。
釣りに行く前から釣れたとも言えるし、釣りに行ったから釣れたとも言える。
テーブルを挟み、テレビの正面に陣取った妻は遠慮することなく、隣に住む向井さんに届けとばかりに大口で笑っている。
「今日の塩焼き、美味しいね」 ふた口目を箸に取りながら僕は言う。
「わたし、いま魚の気分じゃないの」───「うん。そうだね」
箸にのせた塩焼きを口へ運ぶ。シークヮーサーの香りが、僕を優しく包んだ。
小骨を抜いた左手はベタつき、ウイスキーを持つ役割の左手は行き場を無くした。かわりに箸を持つ右手は本来の役割をまっとうしながらウイスキーを僕の口へと運んできた。
ウイスキーはグラスの下から少し上の位置で優しく揺らいでいる。
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